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最高裁判所第一小法廷 昭和34年(オ)258号 判決 1961年5月25日

上告人 国

国代理人 青木義人

被上告人 財団法人 日本文化住宅協会

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告指定代理人青木義人、同掘内恒雄、上告代理人仁科哲の上告理由について。

原審は判決理由の冒頭に述べた各事実を確定した上、甲第一、二号証と当事者間に争のないところとを綜合して、甲第一号証契約書第九条、第四条、第八条の趣旨を述べ、「かような条項を含む甲第一号証の約定事項全部を統一的に考えると、控訴人(被上告人)がまず第一回分納金の支払をすますならば、被控訴人はただちに目的物件ひきわたし義務を履行すべきものと定めるものであるといわなければならない。」と判示し、また、「契約当時本件の土地建物内にはずい分たくさんのいわゆる賠償機械があつたことは本件の弁論の全趣旨からあきらかであり、甲第一号証契約書の第一一条からみても、控訴人(被上告人)が前記『申請の目的』のために本件物件を使用するには、まず、みぎ賠償機械をどこかへ運びだしてしまわなければならないことは、売主である被控訴人(上告人)の担当機関たる関東財務局の係員も、また買主である控訴人の代表者も、ともによくこれを知つていたことであることが認められる。」とし、更に進んで、「しかし同時に両者とも、賠償機械の移転はもちろんのこと本件物件を控訴人の占有支配にうつすことが、後にあきらかになつたようにきわめて困難であることはつゆ知らず、ひきわたしについては前記の契約書第四条で十分と考え、賠償機械はたやすく他へ遊び去ることができるものと考えていたことは、当審証人林文爾(第一、二回同山沢真竜の証言によつてみとめられるところであつて、それだからこそ、前記のように、第一回分納金支払と同時に本件物件は控訴人にひきわたされたこととし、かつ控訴人はひきわたしの日から『申請の目的』にしたがつて使用すべきことと約定したのであると解せうれる。すなわち本件契約は、第一回分納金支払さえすれば控訴人は本件物件を現実にその支配のもとにおき、すぐにも賠償機械の移転をし『申請の目的』にしたがつて使用するための工事にとりかかることができるということを前提としてとりきめられたものと認めるのが相当である。したがつて、本件契約中の被控訴人は控訴人が本件契約の義務を履行しないときは無条件で契約を解除することができるとの特約(契約書第九条)もまた前述の物件ひきわたし、使用可能を前提とするものと解せられ、この前提がそなわらないかぎり、控訴人が代金を支払わないからといつて被控訴人から無条件に契約を解除することはできないとしなければならない。もしこれを反対に解するならば、契約当事者双方の地位ははなはだしくつりあいのとれないものとなり、とくべつの事情のないかぎりかような意味の契約をするはずはないというべきであり、本件においてとくべつの事情のあることはみとめられない。前説示のとおり解するのが相当である。」と判示しているのである。すなわち、原審は、原審が証拠上認定した事実関係の下においては、特別の事情のない限り原判示が説明するような契約当事者双方の地位がはなはだしくつりあいのとれない契約をするはずはないというべきであり、本件においで特別の事情あることは認められないと判示しているのである。しかし、原審が確定した事実関係の下においては、甲第一号証の契約の条項が明示する第一条並びに第九条その地の各条項と対比してみると原審が前記のように本件において特別の事情あることは認められないとした判示は未だもつてその理由を尽したものとは到底認められない(判示が右にいう前提云々の事項は本件契約の要点と認むべく、従つて、もし真に右前提云々の事項が本件契約の内容をなしているならば、甲第一号証の契約書の中にその点に関し言及した何らかの措辞があるべきを当然と認むべきところ、右甲第一号証を見るにその点に関する何らの文詞がなく、これによつてみれば、本件契約には前示前提云々に関する事項は、右証書中にこれを特に掲げなかつたことについて特別の事情のあつたことの証明がない限りは本件契約の内容をなし、従つて上告人において右前提事項を遵守しない限りは上告人において判示のように契約解除ができないものであるとは容易に考え難いところである。)。従つて、被上告人が第一回分納金を支払う以前に上告人において使用可能な状態を実現し引渡しをすることが上告人の義務であつた如くたやすく判断した原判決には、本件契約の解釈につき審理を尽さない違法ありといわなければならない。従つてまた原審が、本件契約は原判示のような趣旨の契約であるとの前提に立つて、「以上の事情をかんがえると、被控訴人(上告人)の本件契約解除の意思表示は一見控訴人の代金支払義務不履行にもとづく正当なもののようであるけれども、実は被控訴人が、控訴人の第一回分納金の支払いあり次第ただちに被控訴人の義務としてなすべき本件土地建物の引渡が当時不可能なことを十分知りながらあえてなしたもので、控訴人の代金納入がおくれたのにつけこみ、これをいいぐさにして、一般民衆の福祉を目的とするとしてした本件売買契約の趣旨をみずから破つたものといわざるを得ないのである。すなわち、みぎ契約解除の意思表示は民法第一条第二項にしめされる信義誠実の原則に反するものであつて、無効のものとなすべきこともちろんである。」と判示している点(右のように本件売買契約の趣旨を上告人においてみずから破つたものといわざるを得ないといい得る程に、判示にいわゆる一般民衆の福祉云々の点が右契約の内容となつていたのであろうか。甲第一号証を卒直に見て、どの条項からも右の点が本件契約の内容となつていたことを窺い知るべき何らの文詞も見当らない。もし原判示のいうとおりとすれば、右契約書中に右に関しての何らかの文詞が当然あるべきものと考えられる。)も、判決に影響を及ぼすことの明らかな違法あるに帰する。

されば論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。(そしてこのことは、原審が認定したように、本件売買は住宅難緩和に役立たせる目的で、代金調達は金融機関からの借入れによることは上告人も承知し、その予想の下に事を運んでいたものであること、ところが、賠償機械が存在しその移動が不可能なため、住宅建設工事着手の見込がたたず、金融機関においても被上告人に対する融資をちゆうちよし、本件第一回分納金の納期も何回か延期せられていたこと、それが昭和二六年一〇月ころになつて賠償指定解除の見込が確定的となり、漸く同年一二月末ころ融資が可能となつたこと等の事実が認められるとしても、同様である。)

よつて、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江俊郎 斎藤悠輔 下飯坂潤夫 高木常七)

上告理由

原判決には、民法第一条、第五四一条の解釈適用及び法律行為の解釈を誤つた違法がある。

第一点

原判決は、判決書十四枚目表、終より三行目から、十六枚目裏、一行目までに亘つてその見解を示された上、「したがつて、本件契約中の被控訴人(上告人)は控訴人(被上告人)が本件契約の義務を履行しないときは無条件で契約を解除することができるとの特約(契約書第九条)もまた前述の物件ひきわたし、使用可能を前提とするものと解せられ、この前提がそなわらないかぎり、控訴人が代金を支払わないからといつて被控訴人から無条件に契約を解除することはできないとしなければならない。もしこれを反対に解するならば契約当事者双方の地位は、はなはだしく、つりあいのとれないものとなり、とくべつの事情のないかぎりかような意味の契約をするはずはないというべきであり、本件においてとくべつの事情のあることはみとめられない。前説示のとおり解するのが相当である。」と判示された。(判決書十七枚目表、一行目まで)すなわち、原判決は、本件において、第一回分納金の支払と使用可能な状態における物件の引渡とは同時履行の関係にあるものと解され、物件の引渡は不可能であり、また、被上告人協会において第一回分納金の支払をしても、物件は協会において直ちに使用できない状態にあつたものであつて、このような場合代金支払債務の不履行を理由として、上告人において解除権を行使することはできないとしなければならないとされるのである。

しかしながら、右は、本件甲第一号証の契約の解釈を誤つたものであつて、その詳細は、次のとおりである。

本件契約は、本件土地、建物内にいわゆる賠償機械があつて、これを他に移転しなければ、本件土地建物を住宅として使用できないものであることを承知の上で締結されたものである。すなわち、この点については、原判決が、「契約当時本件の土地建物内にはずいぶんたくさんのいわゆる賠償機械があつたことは……あきらかであり、甲第一号証契約書第十一条からみても控訴人が前記『申請の目的」のために本件物件を使用するには、まず、みぎ賠償機械をどこかへ運びだしてしまわなければならないことは、売主である被控訴人の担当機関たる関東財務局の係員も、また買主である控訴人の代表者も、ともに、よくこれを知つていたことであることが認められる。」と認定されたとおりなのである。

また、本件契約第十一条からして、次のことが明白である。すなわち、契約書第十一条によれば、「売払物件内の賠償機械は甲(上告人)及び現管理人と協議し管理保全に万全を期すると共に機械の移転その他一切については乙(被上告人)の負担とする。」と約定されているので、賠償機械は、「現管理人」、すなわち、訴外富士産業株式会社によつて管理されていたことが明かである。また、本件において「賠償機械」とは、連合国軍最高司令部の指示に基き主務大臣により旧中島飛行機武蔵野製作所工場が「賠償施設」として指定され、その賠償施設に属する機械、器具その他の設備をいうものであつて、すなわち、工場全体が、「賠償施設」(本件では「賠償指定地域」の語が使用された。)とされ、「それが富士産業株式会社によつて管理されていたことも契約当時両当事者間に了知されており、そのことを前提として本条の如く約定されたものである以上、被上告人協会が第一回分納金を支払う以前に、上告人において使用可能な状態を造り上げて、もつて引渡を行うことは、上告人の義務ではなく、上告人としては、普通財産払下の常として、本件物件を訴外富士産業株式会社の管理しているそのままの状態において引き渡せば足るものであり、賠償機械を他に移転し本件土地、建物を住宅経営の用に供することのできる状態を造り上げることは、却つて被上告人協会が、第一回分納金の支払による引渡を受けて後に、自らこれをすべきものと解すべきである。

工場全体が賠償施設として指定されたものであることは、甲第二十六号証によつて知ることができ、なお、同号証によつて、その指定の日は、昭和二十一年二月二十日であることも知られるが、契約締結前に被上告人協会がこれを知らなかつた筈はないのである。蓋し、土地、建物の代金として七千九百万円余を支払い、住宅建設工事費として五億円の予算をもつて(証人林文爾第一回、証人山沢真竜の証言、参照。)、六千人を収容する理想的な文化住宅を建設しようと企図する被上告人協会が、契約締結前に、現場を視察したり、いわゆる賠償機械の移転に関する法律的手続について研究したりしない筈はなく、本件工場がいわゆる賠償指定地域であることは現場視察によつて直ちに判明することであり、現に被上告人協会は、契約締結前から本件現場を視察し、現場に立入つてもいる(この点については、前掲両証人の証言参照。)からである。また、契約書第十一条に、賠償機械の移転に要する費用は、被上告人協会の負担とする旨が約定されていることからして、いわゆる賠償機械は、地方長官(その内実は、連合国軍最高司令部)の許可を受けることになつて移転することができるものであることを、両当事者共に十分了知の上で契約されていることも分るであろう(賠償機械移転の手続を被上告人協会において知つていたことについては、証人林女爾(第一回)が「観念的には機械を動かす場所を造りGHQの許可をうければ移転出来るのですが実際問題としては富士産業社員である都の機械管理員たちががんとしており、GHQも都も通産省も移転を許可する筈がないと云われ、住宅協会でいろいろ工作しましたが、結局だめでした。」と供述していることからも明白であつて、なお、昭和二十一年二月二十日商工、文部省令第一号「昭和二十年勅令第五有四十二号「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く工場、事業場等の管理に関する件」第一条、第二条、等の規定がこれを明かにしている。)。

(一) 以上述べたとおり、本件契約は、本件土地、建物が賠償施設すなわちいわゆる賠償指定地域とされていることを充分了知の上で締結されたものであるから、本件契約第四条に「売払物件は前条の金額を納付した日を以つて別に何等の手続を用いず完全に引渡したものとする。」と約定されているのは、被上告人協会が第一回分納金一九、六八三、一四三円をまず納入すること、そしてその納入があつたら、上告人国と被上告人協会間においては、完全に物件を引渡したことにしようという約定なのであつて、売主たる上告人国の引渡義務の履行は、第一回納入金の納付のあつた時に完了し、また、この時に本件土地建物の所有者及び占有者としての支配関係は、上告人国から被上告人協会に移るのであつて、決して原判決の判示されているように、「本件土地建物の引渡が当時不可能」であつたのでもなければ、引渡と代金支払とが同時履行の関係にあつたのでもないのである。訴外富士産業株式会社が本件土地建物をいわゆる賠償指定地域として管理している状態は、被上告人協会が第一回分納金を納入した後においても続くが、それは、「別に何等の手続を用いず完全に乙に引渡したものとする。」との約定の下では、占有改定ないしは指図による占有移転によつて、被上告人協会に占有が移転することすなわち引渡があつたとされることの妨となるものではない。

(二) 原判決は、被上告人協会が第一回分納金を納付すれば、その日から直ちに本件土地建物の使用可能の状態におかれるのでなければ、契約をしなかつた筈であると判示されている。

しかしながら、本件土地建物は、賠償施設として富士産業株式会社の管理の下におかれ、被上告人協会が第一回分納金を納付しでも、その状態が続くものであることは、本件契約第十一条の文言自体からして明白であることは前述したとおりであつて、決して原判決の判示されるように、第一回分納金の納付のその日から使用可能であることを前提として契約されたものではない。原判決の判示の如きは全くの独断である。

原判決は、第一回分納金の納付の日から被上告人協会が本件土地建物を占有、使用しなければ、契約第八条にいう「乙(被上告人)は売払物件の引渡しを受けた日から申請の目的に従つてこれを使用するものとする。」との約定に違反したことになり、契約第九条にいう「乙が本契約の義務を履行しないとき」に該当するものと解せられている。

しかしながら、本件土地、建物内には多数のいわゆる賠償機械があつて、これを何処かへ運び出してしまわなければ、住宅として使用できないものであることは、前述したように、原判決の認定されたとおりなのであり、また、本件契約は、これを前提として締結されているのであるから、被上告人協会が第一回分納金を支払つて引渡を受けたその日から物件を使用する旨の本件契約第八条における「使用」とは、その日から用途に従つた現実の使用を開始しないならば、本条違反となるような狭い意味に用いられているものではないと解すべきものなのである。

元来、本件契約書第八条の約定は、国有財産法第二十九条、第三十条にいわゆる「用途指定」の契約をしたもので、その「用途に供する」というのは、被上告人協会の責に帰することのできない止むを得ない事情で現実に用途に供することのできない場合は、用途指定違反とならないものと解すべきことは当然であろう。このように解することこそ信義誠実の原則に適合した解釈なのである。すなわち、本件契約書第八条にいう「使用」は、本件のような場合には、現実に使用を開始することを意味せず、指定された用途に使用することに向つて進んでいる状態があれば足りると解すべきもので、それが当事者間に約定された本条項の趣旨なのである。従つて、被上告人協会が本件土地建物を他に転売することを企図し、そのため第三者と交渉を開始したような場合には、指定された用途に供することに逆行する行動をとつたものとして違反行為となるが、このような行動をとらない限り、また、現に使用できない事情が続いても目的のために使用する意図を断念したものと認められない限り違反と解すべきでないものなのである。

原判決は、この点の解釈を誤り、使用不能は直ちに、指定された用途に供する義務の不履行として、契約解除の理由となるものと解され、さらに、それを前提として、被上告人協会において代金支払債務の履行を怠つても、上告人国において解除権を行使することはできないとしなければならないとされるのであつて、全く法律行為の解釈を誤り、ひいて民法第五四一条の解釈を誤られたのである。

本件契約第九条に、「乙が本契約の義務を履行しないとき」というのは、ひとり指定された用途に供する義務の不履行のみならず、代金支払義務の不履行その他の義務の不履行をすべて含むのであつて、指定された用途に供する義務の不履行と代金支払義務の不履行とは区別して考察されなければならないのである。代金支払義務は、金銭債務であつて、本件では、指定された用途に供する義務よりも先行するものであつて、金銭債務の性質上、履行不能ということがなく、また不可抗力をもつて上告人に対抗できないものなのであるから、本件土地建物内に賠償機械の存在するために金融が得られなかつたことをもつて、支払を怠る正当な理由とすることは許されない。

本件においては、殊に第一回分納金の支払は、その支払により、物件の引渡が完了するものであり、その支払により前述した意味の「使用」が進行するものであつて、原判決のいうように、「引渡が不可能」であるのではなく、また、「使用不能」は、直ちには用途指定違反として解除の理由となるものではないから、代金の支払と使用司能な状態で引き渡すこととは、決して同時履行の関係になく、この代金の支払を遅滞した場合に、上告人において解除権を行使することができるのは当然であるとしなければならないのである。

原判決は、本件契約の条項を曲解し、上告人において賠償機械を移転した上で、被上告人が直ちに本件土地建物を使用できる状態において本件土地建物を引き渡す義務があり、この上告人の義務と被上告人の代金支払義務とは、同時履行の関係にあるものと解されたのであるが、左様のことは、本件契約条項の何処にも規定されていないところであつて、本件では、代金の支払は、先履行の関係にあるのであるから原判決の判示の如きは独断でないとすれば誤解であるといわねばならない。

第二点

原判決は、本件契約解除の意思表示は、信義誠実の原則に反するものであるとされた。しかし、それは、民法第一条の解釈適用を誤られたものといわなければならない。

(一) すでに第一点において述べた原判決の法律行為の解釈の違背は、すべて、原判決が民法第一条の解釈適用を誤られたことの理由となるが、本件契約解除が信義誠実の原則に反するものであるとして原判決が述べておられる理由について、その然らざる所以を述べれば、左のとおりである。

(二) 原判決は、「被控訴人としてはみぎ事情のもとにおいては昭和二十六年十一月七日の第一回の分納金の納期をさらに延長するについて十分の考慮を払うのが信義誠実の原則上相当と考えられるのである。」とされる。

しかしながら、原判決がかかる判示をされる前提が、第一点において述べたように、すべて誤なのであつて、原判決が「みぎ事情のもとにおいて」として挙げておられる事情については、次のように考察されなければならない。

(イ) 賠償機械の存在が代金支払債務の遅滞の正当な理由となるものでないことは、前にも述べたが、仮に賠償機械が存したため被上告人において金融を得られなかつたものであるとしても、上告人の責に帰すべき事由とすることはできない。蓋し、賠償機械の存在は、契約締結当時すでに明かであつたものであり、賠償機械の移転は、法律上の手続も事実上の手続もともに、被上告人協会により、その費用負担の下に行われるべきものであつたからである。

原判決は、賠償機械の移動が困難であつたこと又は移動が不可能であつたことを挙げて、上告人において、「分納代金の納期をさらに延長するについて十分の考慮を払うのが信義誠実の原則上相当と考えられるのである。」とされるのであるが、本件契約は、被上告人協会において、機械の移動は如何に困難であつてもこれを辞さないものとして、締結されたものであることは、契約の趣旨並びに契約条項から明かに窺い知ることができるところであるのみならず、いわゆる賠償機械は、これを当該機械を備え付けている工場から、撤去、運搬して、連合国に属する国に対する賠償に充当すべきことが予想されだ物資であるため、当該工場から撤去、搬出されることは、その使命なのであつて、永久に当該工場に設置されたままで放置されるものでないことは明らかなのであるから、本来、「移動不可能」という性質のものでないのみならず、仮に、一定期間移動不可能であつても、被上告人協会において、住宅建設に着手することが遅延するのみで、その遅延は契約解除の理由となるものではないから、代金支払を怠る正当の理由となるべき事柄ではないのである。

(ロ) 原判決は、「昭和二十六年十月ころになつて右賠償指定解除の見込が確定的となつたので控訴人の理事者らにおいて金融の方法を得るべく奔走した結果、昭和二十六年十二月末ころようやく三井不動産株式会社から第一回分納金と遅延損害金に相当する額の借り入れ方につき承認を得、さらに第二回分についても同会社から借り入れることのできる見込がついたこと」を挙げて、分納代金の納期の延長について十分の考慮を払うのが信義則上相当であつたとされるのであるが、原判決は、上告人国においで右事実を知つていたことを認定されていないのであるから、それらの事実をもつて納期の延長について十分考慮すべき理由とされることは相当でないのみならず、仮に、上告人国において、これらの事実を知つていたとしても、それらの事実は、被上告人協会において融資を受けるのに好都合の事情であるか又は、すでに融資を受ける見込が付いた事実なのであるが、このように融資を受けられることになつて、なおかつ、被上告人協会において定められた期日に第一回分納金の支払をしない以上、上告人において契約を解除するのは牽も信義誠実の原則に反しないものと解されなければならない。

(ハ) 本件において、被上告人協会が「しばしば第一回分納金支払の猶予方を懇請し」たことは、原判決の認定されるとおりである。しからば、「しばしば猶予を懇請し」その猶予が認められたにも拘らず、なお、代金の支払をしない場合、売主である上告人国において、なおも、第一回分納金の納期の延長について十分の考慮を払わなければ、それが信義誠実の原則に反するものなのであろうか。原判決が如何に不当に信義誠実の原則の適用を拡張したものであるかは、この点において明白である。

第一回分納金は、総代金七九、六八三、一四三円のうちの一部にすぎない金一九、六八三、一四三円なのであつて、被上告人協会は、その代金の一部をすら、再三の納期の延長にも拘らず納付することができなかつたのであるから、上告人において代金納入の将来に不安を感じ、解除をすることは当然であつて、かかる場合にも上告人において契約解除をすることが許されないとすることは、それこそ「契約当事者双方の地位は、はなはだしく、つりあいのとれないものとなり」了るであろう。

また、ややともすると、国の債権の如きは滞納してもよいし、また、滞納によつて契約解除をされることはないなどという者が現れる(本件において、被上告人は、本件売買は単純な売買ではないとして、それを理由に、この趣旨の主張をしている。)しかし、このような言動ないし主張の採り得ないことは、多言を要しないであろう。国有財産払下代金収入は、租税収入や専売収入等と共に、歳入予算に組み入れられ、その収入の確保は、国の歳出予算の実行のために必要なもので、長期に亘る滞納をそのままにしておく訳にはゆかないものなのであるから、本件において、原判決が本件土地、建物が国有財産であることを挙げ、納期の延長について十分の考慮を払わなければ、信義誠実の原則に反するというが如き見解を示されたことは、この点からみて、甚だ遺憾としなければならない。

再三に亘つて督促をして、なお代金の支払がない場合も、契約解除の意思表示をすることは信義に反するという原判決の如き見解が一般民間人相互間の取引については、採用されていないと思われるが、売主が国であるからといつてその理に変りはない筈である。本件において、上告人のなした契約解除の意思表示が信義誠実の原則に反し無効であるとされた原判決は、信義誠実の原則の解釈適用を全く逸脱したものとしなければならない。

(三) 原判決は、本件契約解除の意思表示は、上告人が「一般民衆の福祉を目的とするとしてした本件売買契約の趣旨をみずから破つたものといわざるを得ないのである。」として、これを、本件解除が信義誠実の原則に反する理由とされるもののようであるが、被上告人が公益を目的とする法人であることや、本件契約が住宅難緩和に役立てるためになされたこと等は、代金債務不履行のため、契約を解除することの妨げとなるものでない。住宅難緩和ということが国の政策の一であつて、そのために本件払下がなされても、そのため払下の性質ないしは、被上告人協力の物件の使用が、公法的性格を帯びるものではないのであつて、他の私人に対する払下と毫もその性質を異にしないものである。それであるから他の個人に普通財産を払い下げた場合に、代金債務の不履行があれば契約の解除を妨げないと同様に、たとい本件で六千人を収容する住宅の建設が計画されていようとも、その性質に変りはないから、被上告人協会において代金支払義務を履行しない限り、売買契約の解除を受けることは当然であるとしなければならないのである。然らずとすれば、公法人乃至公益法人の義務の不履行があつても、多くの場合、債権者において契約を解除できないという不合理を生ずるであろう。

(四) 原判決は、上告人が本件土地建物を米国駐留軍の宿舎に供するため、「控訴人がいまだ前示第一回分納金の支払をしていないのを、これさいわいとばかり」契約解除の意思表示をしたもので、信義誠実の原則に反するとされる。

しかしながら、一般に、売買において、契約成立後、売渡物件に値上りを生ずれば、売主は契約を解除する方が有利であつて、この際再三に亘つて代金の支払を求めてもその履行がないときは、「これさいわいとばかり」契約を解除するであろうが、これをもつてその解除を信義誠実の原則に反するものとすることはできない。債務者に履行遅滞があるのであるから、債権者側の経済上の動機や、内心の意思は、それが如何ようであろうとも、その解除をもつて信義に反するものとすることはできないのみか、解除は、寧ろ当然とされなければならないであろう。すなわち、このような解除は、経済上解除を有利とする事情が加つても、債務者の履行遅滞に名を藉りた解除であるとすることは相当でないとしなければならない。

この点について、本件第一審判決が「原告(被上告人)は十二分に納入猶予を受けた上、猶、猶予期日にも納入し得ない為、被告(上告人)に於て解除権を行使するの外なきに立至つた関係で従つて被告に急拠本件物件を利用せねばならぬ状況を生じたにもせよ、被告の解除権行使は信義則にも反せず、権利の濫用でもないのは勿論、原告の納入遅延が被告の責任に基くとか原告の義務違背とならぬ等と云える筋合ではない。」と判示されているのこそ信義誠実の原則の正しい解釈適用であつて、原判決の判示の如きは、全く信義誠実の原則を適用する正当な範囲を逸脱したものといわなければならない。

上告人国は、被上告人協会に対して、第一回分納金の納期として、昭和二十六年二月二十日を指定し、納入告知書を発し、第二回分納金の納期である同年三月三十一日を過ぎてもなお、両回分納金ともその納入がないので、昭和二十六年十月十八日被上告人協会に対し同年十月二十六日までに納付しない場合は契約を解除する旨の督促及び契約解除の催告(乙第一号証)を発したところ、右指定期日の前日である同年十月二十五日に至つて、被上告人協会から支払期限の延期の申請があり、これを容れて、同年十月三十日に、特に十一月七日までに、第一回分納金及び第二回分納金の支払延期を認める旨及び同日にもし納入されない場合は契約を解除するから承知せられたいとの旨を被上告人協会に文書(乙第三号証参照)をもつて発送しているのであつて、それにも拘らず右期日に代金の納入がなかつたため已むなく契約解除の意思表示をするに至つたもので、右解除の意思表示が信義誠実の原則に反するものでないこと勿論であるとされなければならない。

以上、原判決は法規並びに法律行為の解釈適用を誤つたもので、その違背は、判決の結果に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、原判決は到底破毀を免れないものと信ずる。

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